ミューズキャットに新聞取材 1999年7月11日

この日の取材記事は産経新聞大阪版夕刊(8月初旬)の連載「進化する古楽」に掲載されます

産経新聞大阪本社の記者 寺西肇氏が取材に訪れました。
この日の活動は楽器製作。プサルテリーやハープ等の製作をしておりました。
クルムホルンやグラストンベリーパイプなどは音程の微調整。 リードを慎重に削るという難しい作業に挑戦しました。
また、旅行先からかけつけて自作のリュートで演奏を披露したメンバーも。

ハープの枠を
紙やすりでゴシゴシ。
つま弾き型プサルテリー完成!
弓弾き型プサルテリーの製作
(左)今年度の製作がスタートしました。
(右)ソプラノは昨年完成。
アルトも完成を目前に調弦中。

寺西氏は幼少の頃からヴァイオリンを習い、バロックヴァイオリンも演奏されるということで、「取材先で弾くことになるなんて初めてだ」と苦笑しながらも、快く持参されたバロックヴァイオリンで演奏してくださいました。

ゲオルク・フィリップ・テレマンの
「無伴奏ヴァイオリンのための
12のファンタジー」から
第1番を披露してくださいました。

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バロックヴァイオリンは、モダン楽器にくらべて指板が短くあご当てはついていません。 見た目には全体的に少し平べったい感じがします。 弦はガット弦を使っており、弓は弓矢の弓のような感じのアーチ型で、先端が尖っています。 音色はソフトで素朴で静かに広がっていくような響きでした。



寺西氏にインタヴュー

■現在の音楽活動について教えてください。

モダンヴァイオリンでは、アマオケでコンサートマスターをしていましたが、現在は基本的にフリーです。 フラウト・トラヴェルソやヴィオラ・ダ・ガンバと一緒にアンサンブルを始めるべく準備中です。 当初はチェンバロを加え、トリオ・ソナタの編成で始めますが、ゆくゆくは古楽器による本格的なオーケストラと合唱とで、バロックの宗教音楽に取り組みたいと考えています。 また、私自身が震災で辛くも生き残った身なものですから、ぜひ地元・神戸を拠点に演奏活動をしたいと思っています。 アンサンブルの名称は、「ノイエ・ラウテ・コーベ (Die Neue Laute, Kobe)」としたいと勝手に考えています。 「Neue Laute」とは「新しい響き」のことです。

■バロックヴァイオリンはどなたに指導してもらっているのですか。

2年前から中山裕一さんが教えてくれています。 彼は、中野振一郎さんがディレクターを務める大阪の古楽器アンサンブル「コレギウム・ムジクム・テレマン」(日本テレマン協会)に所属する若い奏者です。

中山さんは半年に一度の割で、ロンドンのバロックヴァイオリンの大御所、サイモン・スタンデイジの元でレッスンを受けているのですが、私は彼がロンドンに行っている間に同じ曲をさらっておき、彼が帰国するとすぐ、スタンデイジのレッスンを再現してもらうというパターンで教わっています。 この時、大概は延原武春先生(日本テレマン協会代表)という私にとっての指揮法と古楽器法の師匠も背後で聞いていて、あれやこれやと文句をつけられています。

しかし、私自身はスタンデイジのやり方をそのまま真似るのではなく、スタンデイジのやり方をベースにしつつ、シギスヴァルト・クイケンや寺神戸亮、ファビオ・ビオンディらに直接教えてもらったことを適宜、取り入れながら、自分のバロック奏法を模索している最中です。 何よりスタンデイジ自身が、私に「一番楽器を響かせられるやり方があるなら実践することだ。昔の人もきっとそうしただろうし、それこそが君自身のバロック奏法だよ」とアドヴァイスしてくれましたから。

■バロックヴァイオリンのどんなところに魅力を感じていますか。

まず古楽器との出会いについてお話しましょう。 古楽器と出会ったのは、12-3年前の学生時代、「18世紀オーケストラ」の楽器搬入のアルバイトに行ったのです。ちょうど18世紀オケの初来日の時で、まだ国内ではほとんど知られていませんでした。 何の基礎知識もなく行った私は、バルブのないホルンやトランペット、脚棒のないチェロ、変な形の弓などにびっくりしました。 そして、何より衝撃的だったのは、聞いたこともないような、みずみずしい響きでした。まさに目からウロコという感じです。 決して大袈裟ではなく「本当の音楽とは何なのか」、初めて分かった気がしました。 余談ですが、先日取材で鈴木秀美さん(バロックチェロ奏者で、ちょうど当時に18世紀オケに在籍していた)にお会いした時、この話をしたら、「世の中、狭いなあ」と苦笑されていました。

さて、バロックヴァイオリンそのものの魅力ですが、やはりモダンのスチール弦にない、ガット弦の美しい音色です。 モダンは、悪く言えば金属的な響きをヴィブラートでごまかすのですが、バロックヴァイオリンはヴィブラートを使わなくても、開放弦でも、本当に魅惑的な響きがあります。 私は今、モダンヴァイオリンにもガット弦を張って演奏(モーツァルト時代以降に使用)しています。

■構造も弓もモダンと違うバロックヴァイオリンを弾きこなすには、かなりのテクニックが必要でしょうね。

最も大切なのはボウイングで、これをマスターするのに一番苦労しました。 バロックヴァイオリンは、ちょっとでも弓が速いと音がかすれるし、遅いとつぶれます。 細かいフレーズも長いフレーズも、フォルテもピアノも、すべて適正な弓の動かし方でなければ、楽器が鳴ってくれないのです。

モダンでは弓の性能が良く、スチール弦(スチール巻きの、その辺で売っている、いわゆる普通の「ガット弦」も同じです) も一定の響きしかしないので、それに甘えてしまい、ついつい雑なボウイングになりがちです。 すなわち、弓の速度が速かろうが遅かろうが、そんなに違いはありません。 実際、今、たまにモダンの弓を持つと相当無理をしても、きれいな音が出るので逆にびっくりします。

私自身、バロックヴァイオリンを始めた当初はなかなか思うような音が出ず、いかに雑なボーイングをしていたか、を痛感しました。 この点について、鈴木秀美さんが上手いこと言っていました。 「バロック楽器を弾く場合は、楽器に向って『いい音を出して下さい』とお願いする感じ。 でも、モダン楽器の人のほとんどは、まるで支配するか、頭を抑え付けるかのように楽器を扱う」と。

それから「メッサ・ディ・ヴォーチェ」という、音やフレーズの真ん中を膨らませる独特の発音に慣れるのも大変でしたね。 それに、音楽上は当たり前のことなんですが、強拍を「強拍であるように演奏すること」。 なんだ当たり前じゃないか、と言われそうですが、ちゃんと1拍目を1拍目に聞こえるように演奏するのは難しいんです。 特に、ロマン派以降のモダン奏法を30年も実践していると、それだけで拍子感がぼやけてくるんです。 近代オーケストラで、オーケストレーションという合成着色料がいっぱいかかった音楽ばかりやっていたために、音楽本来の味さえ忘れていたことを実感しました。

ヴィブラートを多用できないのも辛かったです。 モダンを弾いていた時の私は結構、ヴィブラートのかけ方には自信があったものですから、バロックに転向後はしばらく「封印」されて、最初はまるで初心者の子供のような音になって、本当にショックでした。 でも、そのお陰で、今は効果的なヴィブラートのかけ方が分かった気がします。

そして、最後はピッチと音律。 バロックは諸説ありますが、基本的にはモダン・ピッチより半音低いa=415を使います。 平均律とモダンピッチに基づく絶対音感があると、頭が爆発してしまいますが、幸いにも、私は絶対音感をつける教育を受けなかったので、違うピッチへの移行(「相対音感」とでも言いますか…)も比較的スムーズでした。 今はモダンピッチも、クラシックピッチの430も、ヴェルサイユ・ピッチ(仏宮廷で使用)の392にも対応できます。 ちなみに16-17日に松江バロックコンソートという団体と合奏を楽しむことになっていますが、バッハの管弦楽組曲を392で弾くことになっています。 純正調音楽を一度体験してみることをお勧めします。 「本当に響くとはこんなことなのか」と、すごい衝撃が得られること、請け合いです。 古楽器との出会いとともに、純正調との出会いが、私の音楽観を大きく変えました。

■連載記事、拝見いたしました。 とても充実した内容で読み応えがあり、関西版だけに掲載されているのは惜しい限りです。 将来、本にする予定はないのでしょうか?

ありがとうございます。 実は「東京にも載せて」「本にしてくれ」という意見は読者の方々から私のところにあるのですが…。 記者の私に直接言われても、実は効果がない、というのが事実です。情けないですが。 東京本社の読者サービス室あたりに「なぜ載せないんだ」と、ミューズキャットの会員の皆さんが一人一本ずつ電話をかけていただければ、東京版にも載るかもしれません。

あと、本についても、音楽之友社や春秋社あたりに、「産経の大阪夕刊の『進化する古楽』は面白い。本にしてくれ」と投書でもしていただければ、もしかして実現するやも知れません。私自身、ぜひ本にしたいという気はあるのですが。

寺西氏の連絡先: h-teranishi@sam.hi-ho.ne.jp