中國西域旅行記 - その 17 -


26.旅人の文化人類学

 シルクロ−ドを西へとたどる我々のささやかな旅はこのウルムチで終わる。 深夜にふとバザールの西の端でハミ瓜を買ったとき、西に見た夕日を思い出す。 あの夕日の下には中国西域の最果ての大都市であり、 ウイグル人の首都とも言うべきカシュガルがある。 間違い無くあの喧騒のバザールの路はそこへと続き、 敦煌の西の砦・玉門関で分かれた天山南路と合流している。 その向こうには、パミールの白き峰々が立ち塞がるが、 シルクロードはその世界の屋根さえ貫いて西へと延び、 もはや知ることすら叶わぬ無数の西域の国の末裔である西トルキスタンの国々を通り、 ペルシャの栄華を砂礫の中に埋めたイラン・イラクを経て東ローマ帝国と イスラム諸国の混血児トルコでアジアとヨーロッパの海峡ボスポラスを渡り、 イスタンブールに至る。 そして、ウルムチ手前でロシア国内へと向かって分かれた“ステップルート”と 遥か南の海を海岸沿いに走る“海のルート"がローマの地で遂に出会い、 シルクロードはそこに終わる。

 それにしても、シルクロードの旅は天下無敵のパックツアーでさえ不便だった。 外国人用ホテルには有るという“噂”のエアコンなどというものは見たことも無かった。 テレビは確かに部屋にあったのだが西安以降は見た覚えが無い。 ウルムチで一瞬雨模様になった以外は、常に空は青く晴れていて、日中はひたすら暑かった。 路も街も露店の食べ物もみなうっすらと細かい砂をまとっていた様だが、 今ではもう気にもなら無くなっている。 日本の生活に較べれば無いものだらけのはずなのに、思い出せることと言えば、 直射日光の下で沈黙する遺跡と、あっけらかんと乾いた街の眺めと、 食べることの原点を問う食事、そして、自然が厳しいところほど陽気で明るい西域の人達の顔だ。 「素晴らしい世界旅行」のファンだった私が興味本意で取った 大学の授業「文化人類学」で、アマゾンの一部族のような顔の講師の顔を思い出す。 『文化人類学の基本は、そこに何が無いかではなく、 そこに何が有るか?ということを評価することなんです。 “何々が無い”というのはそこの文化を判断する基準にはなりません。』

 たしかに、無いものを挙げつらうより、有るものを見つける方が楽しい。 そこに行かなければ分からない、行って自らの眼で見なければ判らない、 見てそこの人達と話さなければ感じられないことが“有る”はずで、 それを探すのが旅人の出来る『文化人類学』なのだろう。


27.“寒い”上海

 8月17日。朝は6時半に起きる。外気は冷たいくらいなのに、ホテルの部屋の中は蒸し暑い。

 スルーガイドの黄(ホアン)さんになぜ昨日、ウルムチの街で我々3人が ウイグル族の帽子を被って歩いたら、地元のウイグル人が我々をにらんだり、 驚いたり、笑ったりしたのかと聞くと、 「日本人は漢族にそっくりで、その漢族がウイグル族の象徴である 帽子を被っているので不愉快に思ったり、びっくりしたり、可笑しく感じたのよ」と 教えてくれた。 要するに、明治の日本で欧米人がちょんまげを結って、 うれしそうに歩いていたのと同じなわけである。 当然、気にいらない『外国人』なら「何だあの野郎」と眼をむいて睨まれるのが落ちである。 特に同行の高桑氏は中国入国以来ヒゲを伸ばしっぱなしで、 長めの薄茶の短パンにくたびれた白いTシャツでサンダル履きという “日本人観光客離れ”した格好なので、余計漢族と思われやすかったのだろう。 他の二人だってカメラは小汚いナップサックの中に入れてしまって、 よれよれシャツにジーンズでは“お友達”にしか見えなかったと言う訳らしい。

 もう一つウルムチで聞いた話を、これはウルムチのバザールでツアーの誰かが 日本人のフリーの旅行者から聞いたことらしいのだが、 最近敦煌近くの核実験場(*1)で核実験を失敗したという噂がフリー旅行者の間でたって 敦煌に行くのを止めたというのである。 成功した核実験は怖いが、失敗なら何のことは無い、 敦煌に行くのをよすなどもったいない話である。

 朝食のあと、8時50分に埃っぽいウルムチ空港へ。 これで中国西域ともお別れだ。9時40分、搭乗。 久しぶりの飛行機、久しぶりの冷房である。 飛行機はTU-154Mとかいう中型のジェット機。 しかし、乗客がなかなかユニークで、ハミ瓜やスイカを10個ほども縄で結んで抱えている奴や、 ずた袋に何か一杯つめ込んだ商売人らしき人が多く、 小人数のわりに乗り込むのに時間がかかる。 重量制限や体積制限などお構いなしである。 全くたくましい商魂であるが、ちゃんと袖の下を渡さないとこの国の法と組織は こんなほほえましい商魂にも、時々とんでもなく厳しい。 弟から旅行後で聞いた話だが、かなり前に中国内でキャンプしていた ヒマラヤの登山隊に無修正の海外ポルノ本(*2)を売りに来た男がいて、 そういうものに飢えていたので、買ってしまったらしい。 そして、しばらく後に別な物売りがやってきたときに「あいつはどうした」と聞くと、 『(密輸の罪で)もう死刑になった』という。 それを聞いて、ひょっとしたら追加注文をしたかったのかも知れない登山隊は、 大慌てで本を焼いたのだそうだが...。 いきなり「死刑!」とは...怖いというか、マンガ的というか...。

 飛行機は10時10分ごろ土ぼこりが覆った滑走路を飛び立つ。 小さな窓の下には白く神聖なる天山山脈が、焦茶色と薄茶色の砂漠からそびえているのが見える。 約6日かけた行程を4時間余りで飛んだジェット機は14時過ぎに、 上海国際空港に向けて高度を下げ始める。 ごしゃごしゃとした、町並みが近づく。 『帰ってきた……』そう思ってみていると、更に高度が下がり、 一つ一つの家々の様子まで判るようになる。 着陸だと思って身構えるが、下に見えるのは滑走路ではなく密集した民家である。 『低い! おかしいぞ?』、そう本能的に感じる。 飛ぶように(あ、実際飛んでるのか...)間近を流れる眼下の光景、 一瞬の沈黙、まだ飛んでいる!、乗客がざわめきだす。 そこで、すかさずタッチダウン。 どの席からも一斉にホッと溜息が出る。 さすが曲芸で有名な国、なんてサービスが良いのだろう。

 3時過ぎ、再び42F建てのタワーのある新錦江飯店へ。 ウルムチから来たばかりの我々にはこのギャップはもの凄い。 おのぼりさんのようにタワーを眺める。 ロビーで部屋に入るのを待つ間に、柳園からトルファンへの夜行列車の事件の全貌が判る。 なんと、柳園23時59分発の列車の軟臥(一等寝台)を手違いで取り損ね、 次の2時36分発の列車を取ろうとしたがオーバーブッキングだらけで、 実際に取っていたのは二室だけ、しかもそこに更に、 オーバーブッキングが入ってしまっていて、他の人が寝ていたとのこと。 もう、笑ってしまうほどいいかげんな話だが、まぁ、硬臥で眠れるという良い経験もしたし、 またもや“お詫びのしるし”として上海雑技団を見られるということで、 『しょうがないや』でみんな納得する。 本当にみんな物分かりが良くなっている。

 上海雑技団のことについては説明は要らないと思う、観客席は1区から5区までありそれぞれ 10(シー)、4(スー)、3(サン)、2(アル)、1(イー)カイ(元(ユエン))である。 ガイドブックに書いてあるように1区が断然良いのだが、われわれは見るのは4区である。 価格より券が手に入らなかったためだろう。 夕食まで時間が有る。 時計の時間に差は無いのだが、軽い時差ぼけと4時間余りの空の旅とで 疲れていることもあったが、なにより久しぶりの近代文化と 冷房があるホテル内でみんな休憩している。が、何か寒い。 冷房の送風調節つまみを見るがほとんど絞りきっている。 以前は、目盛の半分くらいまで上げていたはずだ。寒くて遂に冷房を切ってしまう。 それでも、送風口から洩れる冷気で十分に涼しい。 フルムーン旅行風のご夫婦の奥さんがやってきて聞く「何か寒くないですか?」、 うなずく我々二人。冷房を切ったら?、と言うと 「切っても洩れてくる冷気で寒い」と身を縮める。 一週間の間に冷房設備のパワーがアップした訳でもないし、上海が涼しくなった訳でもない。 どうやら、我々の体がシルクロードの気候に順応してしまったらしい。

 冷房への幻想が冷めてしまった、あとの楽しみは上海雑技団だけだ。 二人はシルクロードのホテルでやっていたようにシャツやタオルを洗い(*3)、 部屋のあちこちにぶら下げてから、ふかふかベッドで、 でれんと足を投げ出してNHKのBSを見ている。もちろん越境受信だ。 天安門事件のときはホテルの従業員が部屋のテレビの衛星放送から情報を得たらしい。 高校野球が終わったのか、NHKらしい中途半端な情報番組が始まっている。 営業スマイルの女性アナウンサーが鼻濁音も鮮やかに中継レポートをしている。 『ただいま私は上海雑技団が来日公演している横浜から中継しています。 世界で唯一の芸をするパンダを見ようと……』。 その瞬間、我々は二人揃ってベッドの上でひっくり返っていた。 また部屋が寒くなってきていた。


*1) タクラマカン砂漠の南部にある。天山南路の町が当時立入り禁止なのはこのためでもあった。

*2) その後、中国でも「人体芸術」(!)の名でヌード写真が大流行、 ヘア解禁は日本より早かったとか...。その後に、お決まりの取締りがあった模様です。

*3) 移動の多い旅行にお勧めの方法。 洗面所のハンドソープで手でもみ洗いし、ハンガーなどにつるし、 備え付けのタオルで洗った直後としばらく後に水気を拭きとるだけ。 山崎氏はこの方法で、代え下着2〜3枚だけで11日間の旅行を乗り切った。


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